暑中の章
第三号 日本刀の美
前号から日本刀には機能・美・精神の三要素があると書き記してきました。
今回はその美についてごく一部ではありますが述べます。
日本刀の美とは何かと問われると、これも三要素があり、
一 姿
二 地鉄(じがね)
三 刃紋
この三つが優れていること、と一般的に言われています。
ここで今一歩踏み込んでまず一の姿について少し考えます。
日本人は太古から造形の美を追求してきました。
例えば縄文の火焔型土器。
その力強さには誰しも圧倒され、この造形を生み出した作者は只者でないことを想像するでしょう。
同様に日本刀も、その造形について各時代の刀工が美を追求してきました。
縄文の火焔型土器にも通じる力強さを有する刀の造形は鎌倉時代中期の太刀姿にあらわれます。
鎌倉時代初期の太刀は細身で優美な姿が美しく刃紋も直刃調が多かったのが一転、
中期の太刀は、手元付近の身幅が先端部分の幅とそれほど変わらない(切先に向かって狭くなっていかない)形状をしており、
力強い剛の姿になっています。
これは元寇の影響、つまり現場からの要求に応えた結果ですが、
実用性と観る者に迫り来る力強い姿が一体となって美を感じずにはいられません。
同時代の仏師運慶、快慶の仏像群の力強さにも通じると思います。
このような鎌倉中期の太刀は名品として数多く伝わっていますが、
ごく一例として国宝無銘一文字山鳥毛(さんちょうもう)、岡田切吉房、生駒光忠、明石国行を挙げておきます。
これら力強い姿の美をあらわした鎌倉中期の太刀は、地鉄の美や刃紋の美も伴うことから観飽きることがない膨大な情報量を持ちます。
この情報量とは、昨日観たが今日観ると更に違った美を発見でき、また次の日も新たな発見があるといった具合に、
記憶の追いつかない幾重もの景色を観ることができることを意味します。
次に二の地鉄について少々。
古くから地鉄の鑑定は行われており、その美についてはよく織物に例えてきました。
相州正宗の師である新藤五国光の地鉄や京粟田口物は羽二重肌、備中青江の刀は縮緬肌と、地鉄を肌と言い表します。
またその色は青味、黒味を帯び、現代の製鉄法で作られた鉄とは一線を画すのです。
鉄ではなく鐵または黒がねという表記が好ましいです。
鉄は金を失うと書きます。
鐵、こちらは金は土の王である哉。
今の鉄、いわゆる洋鉄はコークスなどの化石燃料を使用し作られたもので、それで刀を作るとすればその地鉄は、
綺麗な水に墨汁を垂らした様な、濁りのある肌になるようなものです。
対してたたら製鉄で生み出された和鉄で作られた刀の地鉄は、清水に紅葉が流れているかのような感覚です。
紙に例えることもあります。
今は工業的につるっときれいなコピー用紙のような紙がたくさんできますが、
手漉き和紙…生漉奉書、鳥の子紙など…に記す文字と、コピー用紙に記した文字とでは表現が全く違ってくるのと同じでしょうか。
地鉄は絵画でいうキャンバスであり、刃紋はそのキャンバスに描かれた絵と言えます。
最後に刃紋のことを述べます。
刃紋とは刀身を727度以上まで熱した後、水などで急冷することであらわれる硬い組織のことで、
この工程を焼入れや熱処理と呼びます。
これによって薄い刃先は硬く、厚みのある地鉄は軟らかい組織となります。
つまり一度の急冷で軟硬を作り出すことが焼入れで、失敗すると終了ということも少なくない、刀工によって最も緊張する工程です。
焼入れによって生じた刃紋には沸(ニヘ)、匂(ニホヒ)という輝く粒が付きます。
一見目視しただけでは判別しづらいですが、白熱電球にかざすとこの粒が輝き、観る者の心を動かします。
硬い「焼」には硬そうな黒い粒が、軟らかい「焼」には沈んだ鈍い粒が付きますが、頃合いの「焼」には美しい粒が刃紋を形作ります。
この粒の輝く刃紋を表現する刀剣専門用語を匂口(ニホヒクチ)といいます。
有名な唱歌「さくら」では「ニホヒゾイヅル」という歌詞があります。
強い生命力が桜の花から匂立つことと刀の刃紋から匂口の輝く様とを同じ様に解釈していることがわかります。
美しい花や青々とした葉を茂らせた樹木を生命力の強いものと定義し花見や山見を行うのは、
古くから少しでも自分の体内にその生命力をいただきたいと願ってのことではないでしょうか。
その思いの表れは、武人が太刀を帯び、古墳には朱や鏡、玉、そして刀が副葬されていることが証左ではないかと思います。
次は日本刀が精神性の高いものであることをこの様な観点から述べていきたく思います。
刀工 横井彰光
刀工 横井彰光
昭和39年岡山市生まれ。岡山在住。
父崇光に師事し、平成13年独立。
熱田神宮刀剣奉納奉賛会幹事、刀剣文化研究所研究員、全日本刀匠会中四国支部支部長などを兼任中。
世界に類のない刀の高い精神性を発信し、失われた刀の技術を復活させたく活動してます。
令和6年3月より隔月の三日月が望める頃、
刀工 横井彰光氏による宝剣製作にまつわるコラムを更新いたします。